メタボリックシンドローム


問題点

近年、心血管疾患糖尿病は、肥満の流行する先進文明諸国の主要な疾患および死因となっており、その原因の解明と危険因子の同定のために多くの努力がなされてきた。危険因子の同定が進むにつれて、それらが同一個人に集積する傾向があることが明らかとなり、この危険因子の集積はメタボリック症候群と呼ばれるようになった。
メタボリック症候群の主要な機序は、インシュリン抵抗性、腹部肥満、炎症と考えられ、他に、食事、喫煙、運動不足、加齢、社会経済的要因、ホルモン失調状態などが考えられる。
1981年、Rudermanらは代謝的に肥満だが正常体重(MONW)の人々が存在し、高インシュリン血症と脂肪細胞の肥大化が特徴であることを指摘し、1988年、Reavenはインシュリン抵抗性と高インシュリン血症、高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧が集積して糖尿病と心血管疾患に至るとするsyndrome Xという概念を提唱した。
翌年、Kapranは腹部肥満糖尿病高血圧高中性脂肪血症の集積を「死の四重奏」として提唱し、1991年、DeFronzoとFerranniniはsyndrome Xと同様な概念をインシュリン抵抗性症候群と命名した。1994年、中村らは、皮下脂肪は内臓脂肪の病的作用に対して、むしろ、生体保護的に作用すると考えて、内臓脂肪症候群なる概念を提唱し、1998年、Lamarcheらは高インシュリン血症、アポリポ蛋白B高値、small dense LDLの組み合わせをatherogenic metabolic triadとして提唱した。1999年、WHOはインシュリン抵抗性症候群の診断基準を初めて定義し、メタボリック症候群と命名したが、ヨーロッパインシュリン抵抗性研究会(EGIR)はこれを改変して糖尿病を除外し、再びインシュリン抵抗性症候群と命名した。2000年、Lemieuxらは男性で、atherogenic metabolic triadの簡便診断として高中性脂肪ウエストの概念を提唱し、2001年、National Cholesterol Education Program(NDEP)のExpert Panel on the Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Cholesterol in Adult(ATP III)は腹部肥満高血糖高血圧高中性脂肪低HDLの5つの診断項目中3つを満たせばメタボリック症候群とする簡便な診断基準を発表して、これが世界的に普及した。しかし、NCEP診断基準はインシュリン抵抗性の直接的なマーカーを含まないため、2003年、アメリカ臨床内分泌学会(AACE)は耐糖能異常を含み、糖尿病は除外したインシュリン抵抗性症候群の主観的な診断基準を提唱した。2004年、Ridkerらは、高感度CRPが肥満とインシュリン抵抗性に強く関連しており、心血管疾患の危険因子としても確立したことから、高感度CRPをメタボリック症候群の診断項目に加えることを提唱した。2005年、国際糖尿病連合(IDF)は腹部肥満を必須項目とするメタボリック症候群の世界統一診断基準を提唱したが、アメリカ循環器学会(AHA)とアメリカ心臓肺血液研究所(NHLBI)はIDF診断基準よりもNCEP診断規準の方が良いという共同声明を発表し、アメリカ糖尿病学会(ADA)とヨーロッパ糖尿病学会(EASD)はこれまでのどの診断基準も症候群と称するに足る科学的根拠がないので、人々にメタボリック症候群というレッテルを貼ってはならないという共同声明を発表した。

この声明の中で以下の8項目の問題点が指摘されている。
1.診断基準があいまいで不完全である。基準値の根拠がきちんと説明されていない。
2.糖尿病を含む価値は疑問である。
3.インシュリン抵抗性が共通の原因かどうか不確かである。
4.他の心血管危険因子を含むか除外するかの明確な根拠がない。
5.心血管疾患の危険度は含まれる個別の危険因子によって様々である。
6.心血管疾患の危険度は各危険因子の総和以上ではないと考えられる。
7.この症候群の治療は各成分の治療と同じである。
8.この症候群の診断の医学的価値が不明確である。

この共同声明が発表されてから現在までメタボリック症候群診断の是非が論争されており、その中で、ReavenはADAとEASDの共同声明に賛成して、メタボリック症候群でないと診断された人のほうがメタボリック症候群と診断された人よりも心血管疾患の危険度が高い場合がいくらでも想定されると述べている。Grundyはメタボリック症候群は短期(10年)リスクを評価するための道具ではなく、長期リスクを評価するための道具であると述べているが、Sundstromらは長期(30年)コホルト研究でメタボリック症候群はその個々の構成成分以上のリスクに関する情報を与えないと報告した。この論争のさなかで、ADAとAHAは「心血管疾患と糖尿病を予防するために」と題する共同声明を発表し、その中で、メタボリック症候群の診断にかかわらず、その個々の成分と喫煙の予防と治療に努めるように呼びかけ、欧米諸国に蔓延している肥満に注意を喚起して生活習慣を変えることを奨励した。2004年頃からメタボリック症候群に関する多くの疫学研究とそのメタアナリシスが報告されているが、メタボリック症候群の心血管疾患発生率および死亡率に与える相対危険度は大まかに1.5-2.5と報告されている。また、IDF診断基準が発表されてから、IDF診断基準とNCEP診断基準の優劣を比較した報告も多いが、IDF診断基準は、NCEP診断基準を凌駕せず、metabolically obese normal weight (MONW) individualsを見落とす危険が指摘されている。また、混乱する腹囲の診断基準に関して、2007年、アメリカ体重管理肥満予防協会、北米肥満学会、アメリカ栄養学会、アメリカ糖尿病学会は共同声明を発表し、その中で、腹囲の科学的な測定方法も腹部肥満を診断するための腹囲の科学的な基準値も確立していないので、現時点では、臨床現場で腹囲を測定することは特殊な場合を除いて有用ではなく、科学的な腹囲の測定方法と基準値を確立するための研究が必要であり、将来の腹囲基準値は、人種別、性別のみならず、年齢別、BMI別の複雑なものとなるであろうと指摘した。

(Wikipedia)


inserted by FC2 system